東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)213号 判決 1991年11月07日
原告 T株式会社
右代表者代表取締役 柏原弘
右訴訟代理人弁護士 武田清一
被告 日本橋税務署長 工藤清春
右訴訟代理人弁護士 鈴木薫
右指定代理人 梅津和宏 外三名
主文
一 被告が原告の昭和六〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日までの事業年度の法人税について昭和六二年七月三一日付けでした更正のうち所得金額五億二〇三八万四二六六円、納付すべき税額二億一〇一〇万円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定のうち加算税額四六五万八五〇〇円を超える部分をいずれも取り消す。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告の請求の趣旨
1 被告が原告の昭和六〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日までの事業年度の法人税について昭和六二年七月三一日付けでした更正のうち所得金額三億〇五二〇万四八七四円、納付すべき税額一億一六九二万七一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告の答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告は、被告に対し、昭和六一年一二月二七日、原告の昭和六〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について、所得金額を三億〇五二〇万四八七四円、納付すべき税額を一億一六九二万七一〇〇円とする確定申告をした。
これに対し、被告は、昭和六二年七月三一日付けで、原告の本件事業年度の法人税について、所得金額を五億五〇四九万八七一〇円、納付すべき税額を二億二三一三万九四〇〇円とする更正(以下「本件更正」という。)及び加算税額を五三一万〇五〇〇円とする過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)をした。
そこで、原告は、国税不服審判所長に対し、昭和六二年九月一七日、本件更正及び本件決定について審査請求をしたが、同所長は、昭和六三年九月一三日付けで、原告の審査請求を棄却する旨の裁決をした。
2 しかしながら、本件更正は、原告の所得金額を過大に認定して行われたものであるから違法であり、また、本件更正を前提として行われた本件決定も違法である。
よって、原告は、被告に対し、本件更正及び本件決定の取消しを求める。
二 請求原因に対する被告の認否
請求原因1の事実は認めるが、同2の主張は争う。
三 本件更正及び本件決定の根拠に関する被告の主張
1 原告の本件事業年度の所得金額
原告の本件事業年度の所得金額は、左記(一)の申告所得金額に(二)の加算額を加えた五億五〇四九万八七一〇円となる。
(一) 申告所得金額 三億〇五二〇万四八七四円
(二) 右申告所得金額に加算すべき金額 二億四五二九万三八三六円
原告は、本件事業年度の寄付金を三万円、寄付金の損金不算入額を零として、申告所得金額を算出している。しかし、原告が右申告において損金に算入している左記(1) の売上値引き二億二二〇〇万円及び左記(2) の売買損失三〇四九万五六三九円は、いずれも左記のとおり寄付金に該当するものであり、これを右申告に係る寄付金三万円に加算した寄付金合計二億五二五二万五六三九円につき、法人税法三七条の規定を適用して損金に算入されない寄付金の額を算出すると二億四五二九万三八三六円となる。したがって、この金額を右申告所得金額に加算すべきこととなる。
(1) 売上値引き 二億二二〇〇万円
右売上値引きは、原告の関連会社であるG製鋼株式会社(以下「G製鋼」という。)に対する棒鋼原料のビレットの売上代金のうち、二億二二〇〇万円について、昭和六一年七月あるいは八月ころ、値引きを行ったものである。しかし、右売上値引き(以下、これを「本件売上値引き」という。)は、原告がG製鋼に対して売掛金債務の一部を免除することにより、G製鋼の欠損金補填を行い、これをG製鋼に対して贈与したのと同様の結果を得たものであるから、法人税法三七条に規定する寄付金に該当するものというべきである。
(2) 売買損失 三〇四九万五六三九円
右売買損失は、次のような経緯によって発生したものである。すなわち、昭和六一年三月二四日、前期G製鋼がその在庫分の異形棒鋼を代金二億二八九三万八二四八円で丸紅株式会社札幌支店(以下「丸紅」という。)に売り渡したが、その後、原告は、丸紅から同月二八日に右異形棒鋼を買い受けていた清水鋼機株式会社(以下「清水鋼機」という。)から、これを同月三一日に代金二億三一五〇万一八五一円で買い戻し、更にその後、丸紅においてその買手を探した結果、原告は、同年六月二三日、日商岩井株式会社(以下「日商岩井」という。)等に対し、右異形棒鋼を代金総額二億〇一〇〇万六二一二円で売却するに至った。その結果、原告の右清水鋼機からの買戻価額である二億三一五〇万一八五一円と日商岩井等への売却価額である二億〇一〇〇万六二一二円との差額の三〇四九万五六三九円が原告の売買損失(以下、これを「本件売買損失」という。)となることとなったものである。
しかしながら、原告による右の買戻しは、当時異形棒鋼の需要が低調で相場自体が低下傾向にあったことから、この買戻しにより原告に本件売買損失が生ずることとなることを知りながら、右売買損失がG製鋼に生ずることを避け、本来原告において負担すべきいわれのないその損失を原告が肩代わりする意図で行われたものであるから、本件売買損失は、G製鋼に対する経済的な利益の無償の供与として、法人税法三七条に規定する寄付金に該当するものというべきである。
2 本件更正及び本件決定の適法性
右のとおり、原告の本件事業年度の所得金額は、五億五〇四九万八七一〇円となり、本件更正の所得金額は右と同額であるから、本件更正は適法である。また、右のとおり適法な本件更正を前提として行われた本件決定も適法である。
四 被告の主張に対する認否及び反論
1 被告の主張1の(一)の、本件事業年度の申告所得金額が三億〇五二〇万四八七四円であることは認める。
2 同1の(二)の冒頭の事実のうち、原告が本件事業年度の寄付金を三万円、寄付金の損金不算入額を零として申告所得金額を算出していること、原告が本件申告において被告主張の売上値引き二億二二〇〇万円と売買損失三〇四九万五六三九円をいずれも損金に算入していることは認めるが、右の売上値引き等が寄付金に該当するとする点は否認する。もっとも、被告の主張を前提とした場合の法人税法三七条による寄付金の損金不算入額の計算が被告主張のとおりとなることは争わない。
3 同1の(二)の(1) の事実のうち、本件売上値引きの経緯が被告主張のとおりであることは認めるが、これが寄付金に該当するとの点は否認する。
4 同1の(二)の(2) の事実のうち、本件売買損失発生の経緯が被告主張のとおりであること(ただし、G製鋼が本件異形棒鋼を丸紅に売り渡す契約をしたのは昭和六一年二月ころのことである。)は認めるが、これが寄付金に該当するとの点は否認する。
5 同2の主張は争う。
6 本件売上値引き及び本件売買損失がいずれも寄付金に該当するとする被告の主張は、次のとおり、いずれも理由がない。
(一) 本件売上値引きについて
(1) 本件売上値引きは、鉄鋼の慢性的供給過剰のため異形棒鋼の相場が暴落するという当時の経済環境のもとで、原告が経済的、合理的に判断して、関連会社であるG製鋼の棒鋼の生産の採算がとれるようにするため、原告のG製鋼に対するビレットの売買価額を見直し、これを減額改訂したものであって、単なる欠損金の補填ではない。
(2) また、法人税法三七条六項の規定の解釈上、法人の事業上の必要に基づく真にやむを得ない損失の負担や給付等は、寄付金の支出に該当しないものと解すべきである。ところで、本件売上値引きは、当時の経済環境の悪化の状況等からして、G製鋼の経営赤字を累積させることによって、原告の同社に対する売掛債権の焦げつきを顕在化させることが、金融機関の原告に対する信用を失墜させ、原告自身の経営を危機に陥れるというおそれを回避するため、やむを得ず行ったものである。したがって、本件売上値引きは、原告自身の経営危機を回避するためになされた必要にしてやむを得ない行為であることが明らかであるから、寄付金の支出には該当しないものというべきである。
(二) 本件売買損失について
原告が本件異形棒鋼を丸紅から買い戻したのは、丸紅側の要望によるものであり、しかも昭和六一年三月の右買戻しの時点においては、その買戻価額は当時の異形棒鋼の時価にほぼ等しく、しかも、その相場価格は、それまで下落が続いていたため、いつ反発上昇してもおかしくない状態になっていたのである。したがって、原告と丸紅側との間での売買は、特に原告に不利な条件でなされたものではなく、G製鋼の売買損を原告が肩代わりするためになされたものではない。その後、右棒鋼の相場が予想外に異常なまでの下落を示すに至ったために、結果として原告に売買損失が発生することとなったが、右買戻しの時点ではそのような事態を見通せるような状況にはなかったのであるから、これが原告の製鋼に対する経済的な利益の無償の供与に当たるものでないことは明らかである。
第三証拠<省略>
理由
一 本件更正及び本件決定の経緯等
本件更正及び本件決定の経緯に関する請求原因1の事実、原告の本件事業年度の申告所得金額が五億〇五二〇万四八七四円であって、右事業年度の寄付金を三万円、寄付金の損金不算入額を零として原告が右所得の申告を行っていること、以上の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。
二 本件更正及び本件決定の適否
1 原告とG製鋼との関係等
(一) 原告は、昭和一一年にT合資会社として設立され、昭和一六年に株式会社に改組された商事会社(現在の資本金・三億四〇〇〇万円、発行済株式総数・六八〇万株、本店の所在地・東京都中央区)であり、鉄鋼、機械、繊維、化成等の各分野の取引を営んでいる。
原告の関連会社であるG製鋼は、昭和四五年一二月に設立された会社で、広島県福山市に本社を置き、棒鋼の製造業を営んでいるが、本件事業年度末における資本金は九七五〇万円(発行済株式総数・一九万五〇〇〇株)で、発行済株式総数の四四パーセントに当たる八万五八〇〇株を原告が所有し、五〇・三パーセントに当たる九万八一五〇株を原告の代表取締役社長である柏原弘及びその親族並びにG製鋼の代表取締役社長尾城友次及びその親族が所有している同族会社であって、原告の代表取締役社長柏原弘がG製鋼の取締役を兼任し、G製鋼の代表取締役社長尾城友次が原告の専務取締役を兼任しているのを始めとして、G製鋼の取締役はすべて原告の取締役を兼任している。
G製鋼が棒鋼の製造に使用する原料のビレットは、総て原告が商社から仕入れてG製鋼に販売する形式を取っているが、実際の仕入業務は、G製鋼が仕入先との間で直接に行っており、原告は、単に仕入代金支払のための手形を振り出しているに過ぎず、これを仕入額と同額でG製鋼に販売している。
(以上の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。)
(二) 鉄鋼業界は、昭和五〇年代に入ると、生産過剰からくるいわゆる構造不況状態に陥り、更に、昭和六〇年代には、円高の影響を受けて不況状態が更に深刻化するに至った。昭和六一年に入ると、異形棒鋼の価格が暴落し、G製鋼の業績も悪化し、製品を原価割れで販売しなければならないような状態となったため、同社では従業員の大幅整理等の操業短縮措置を取り、また、原告も、G製鋼の業績悪化がその親会社である原告の信用失墜等に繋がり、原告の営業自体に重大な支障を生ずることが懸念されたこともあって、G製鋼のために金利や運賃を負担するといった援助措置を取るようになった(以上の事実は、<書証番号略>及び証人菅野文治の証言によって認められる)。
右のような状況のもとで、G製鋼においては、昭和六一年六月三〇日現在の残高試算表で一億二九七六万三〇〇〇円の、同年七月三一日現在の残高試算表で九三二〇万円の、各赤字が見込まれるに至っていた(以上の事実については、当事者間に争いがない。)。
2 本件売上値引き及び本件売買損失の寄付金該当性
(一) 寄付金の損金不算入に関する法人税法三七条の規定の趣旨
法人税法三七条は、どのような名義をもってするものであっても、法人が金銭その他の資産又は経済的な利益の贈与又は無償の供与をした場合には、広告宣伝及び見本品の費用その他これに類する費用等とされるものを除いて、これを寄付金として扱い、その価額については、一定の損金算入限度額をこえる部分を、その法人の所得の金額の計算上損金の額に算入しないものとしている(同条二項及び六項)。すなわち、広告宣伝費や見本品の費用といったいわゆる営業経費として支出されるものを除いて、法人のする第三者のための債権の放棄、免除や経済的利益の無償の供与については、その価額を寄付金として扱うべきものとしているのである。
もっとも、例えば、法人が第三者に対して債権の放棄等を行う場合であっても、その債権の回収が可能であるのにこれを放棄するというのではなく、その回収が不能であるためにこれを放棄する場合や、また、法人が第三者のために損失の負担を行う場合であっても、その負担をしなければ逆により大きな損失を被ることが明らかであるため、やむを得ずその負担を行うといった場合は、実質的にみると、これによって相手方に経済的利益を無償で供与したものとはいえないこととなるから、これを寄付金として扱うことは相当でないものと考えられる。法人税基本通達九-四-一が、「法人がその子会社等の解散、経営権の譲渡等に伴い当該子会社等のために債務の引受けその他の損失の負担をし、又は当該子会社等に対する債権の放棄をした場合においても、その負担又は放棄をしなければ今後より大きな損失を被ることになることが社会通念上明らかであると認められるためやむを得ずその負担又は放棄をするに至った等そのことについて相当な理由があると認められるときには、その負担又は放棄をしたことにより生ずる損失の額は、寄付金の額に該当しないものとする。」と定めている<書証番号略>のも、右のような趣旨から、実質的にみて経済的利益の無償の供与とはいえないものが寄付金に該当しないことを明らかにしたものと解される。
(二) 本件売上値引きの経緯とその寄付金該当性
(1) G製鋼に対する原告の本件売上値引きは、前記のとおり、G製鋼に多額の赤字の発生が見込まれるようになったことからこれに対する救済策として行われることとなったものであり(証人菅野文治の証言)、これに伴い、まず昭和六一年七月三一日付けで原告がG製鋼宛てに発行した請求書(<書証番号略>)に、「ウリアゲネビキ(チュウゴクセイコウ 六ガツドアカジニタイスルエンジョ)」との記載がなされ、前記ビレットの売上代金のうち一億二九〇〇万円(これは、前記のG製鋼の昭和六一年六月三〇日現在の残高試算表における欠損金一億二九七六万三〇〇〇円の一〇〇万円未満の部分を除いた金額に丁度相当する金額である。)について値引きが行われ、次いで同年八月三一日付けで原告がG製鋼宛てに発行した請求書(<書証番号略>)に、「ウリアゲネビキ(チュウゴクセイコウ 七ガツドアカジニタイスルエンジョ)」との記載がなされ、前記ビレットの売上代金のうち九三〇〇万円(これは、前記のG製鋼の同年七月三一日現在の残高試算表における欠損金九三二〇万円の一〇〇万円未満の部分を除いた金額に丁度相当する金額である。)について値引きが行われている。
(2) 右のような事実関係からすれば、本件売上値引きは、前記のとおり業績が悪化していたG製鋼に対する援助措置として行われた原告による利益の無償供与の性質を有するものというべきであり、したがって法人税法三七条所定の寄付金に該当するものといわなければならない。
これに対し、原告は、本件売上値引きは、原告が経済的、合理的に判断してG製鋼の棒鋼の生産が採算のとれるようにするためビレットの売買価額について見直しを行い、その減額改訂を行ったに過ぎないものであるから、寄付金には該当しないと主張する。しかし、前記のような請求書の記載等からすれば、本件売上値引きは、G製鋼の赤字に対する援助として行われたものであることが明らかであり、一般に売上品について量目不足、品質不良等があった場合に一定の具体的な算出根拠に基づいて行われる通常の取引における売上値引きとはおよそその性質を異にするものであって、いずれにしてもG製鋼に対する「経済的な利益の無償の供与」として法人税法三七条所定の寄付金に該当するものといわなければならない。したがって、原告の右主張は失当である。
また、原告は、事業上の必要に基づく真にやむを得ない損失の負担等は、法人税法三七条にいう寄付金に該当しないものと解すべきであり、本件売上値引きも、原告の事業上の必要に基づくやむを得ない支出であることが明らかであるから、寄付金に該当しないと主張する。しかし、右法人税法三七条の規定は、その六項において「広告宣伝及び見本品の費用その他これらに類する費用並びに交際費、接待費及び福利厚生費」とされるべきものを右寄付金から除外することとしているに過ぎず、右の規定にいう「広告宣伝及び見本品の費用その他これらに類する費用」とは、いわゆる営業経費の性質を有するものを指すものと解すべきことは前記のとおりである。そうすると、本件売上値引きは、そのようないわゆる営業経費の性質を有するものとは到底解し得ないから、原告の右主張は採用できない。
更に、原告は、前記法人税基本通達九-四-一の定め等からして、本件売上値引きが寄付金に該当しないものであると主張する。そして、確かに、債権の回収が不能であるためにこれを放棄する場合や、その負担をしなければ逆により大きな損失を被ることが明らかであるため、やむを得ずその負担を行うといった場合は、これを実質的にみると経済的利益の無償の供与とはいえないものと考えられることは、前記のとおりである。しかし、証人菅野文治及び同後藤一男の各証言によれば、本件売上値引きが行われた時点において、G製鋼の業績は悪化していたものの、解散、経営権の譲渡といった右通達に掲げられたような事態が生じ、あるいは銀行取引停止処分等のため倒産状態に陥るというような事態にまで至ってはおらず、したがって原告が本件売上値引きを行わなければ今後原告においてより大きな損失を被ることとなることが社会通念上明らかであると認められるような状況があったものとまでは到底認められない。また、右の事実からすれば、本件売上値引分に相当する原告のG製鋼に対する売掛債権の回収が不能な状況にまでなっていたものでないことも明らかである。したがって、原告の右主張も採用できない。
(三) 本件売買損失発生の経緯とその寄付金該当性
(1) <書証番号略>、証人冨重光弘、同矢向潔及び同得納博明の各証言並びに各該当箇所に掲げた証拠によれば、本件売買損失発生の経緯は、次のようなものであったことが認められる。
G製鋼は、毎年春ころ北海道においてその主要製品である異形棒鋼を丸紅を通じて相当量販売する実績を有しており、昭和六一年春も、北海道向けの商談がG製鋼と丸紅との間で進められたが、異形棒鋼の市況の下落、需要供給関係の悪化から、丸紅がこれをG製鋼から買い受けても、更にこれを丸紅から買い受ける買手がなかなか見つからない状態にあった。そのため、右異形棒鋼を丸紅から買い受ける買手が見つかるまでの間における相場の変動によるリスクが丸紅に生ずることを回避するため、丸紅の側では、当面右異形棒鋼をいわゆる仮仕切りの価額で買い受け、後日その買手が見つかった段階で最終的な売買価額を確定し右仮仕切り価額との差額を清算するという形の売買を行うこととなり、同年二月ころ、G製鋼と丸紅の間でそのような内容の売買の合意が成立し、その結果、右の合意に基づき、同年三月五日、同月一二日及び同月二〇日の三回にわたって、丸紅がG製鋼から合計五一二七・二〇六トンの本件異形棒鋼を代金二億二八九三万八二四八円で買い受けた。なお、右の仮価額は、当時の異形棒鋼の相場価格よりは若干低めで、目先将来の予想価格に相当する価額であった。(<書証番号略>)
昭和六一年三月末ころになっても、棒鋼の相場は依然として先行き不透明な状況にあり、本件異形棒鋼を丸紅から買い受ける買手は見つからなかった。そこで、G製鋼は、いつまでも右売買価額が確定しないままでは困るとし、また、当時の棒鋼の相場価格がおおよそ右の仮価額に見合う水準になるに至っていたことから、丸紅に対して右仮価額をもって確定売買価額とすることを申し入れた。しかし、丸紅の側では、地元北海道のメーカーから優先的に棒鋼を仕入れる方針であったこと等から、右の申入れに応じず、むしろG製鋼からの本件異形棒鋼の仕入れを解消したいとして、丸紅との間に従来の取引実績のある原告において、G製鋼に代わって本件異形棒鋼を買い戻すことを要求するに至った。原告の側でも、G製鋼との関係等からして、丸紅の右要求に応ずることとなり、同年三月末ころ、丸紅と原告との間で、丸紅が本件異形棒鋼を売り渡した形になっていた丸紅の販売店である清水鋼機から、これを原告が前記仮価額に手数料分を付加した合計二億三一五〇万一八五一円の価額で買い受けるとの合意が成立し、原告がこの買戻しを行った。
その後、昭和六一年六月下旬ころになって、丸紅のあっせんで日商岩井等の本件異形棒鋼の買手が見つかったが、その間に棒鋼の相場価格は更に下落しており、原告からの右日商岩井等に対するその売却価額は合計二億〇一〇〇万六二一二円にとどまった。これによって、原告には、右の買受価額と売却価額の差額である三〇四九万五六三九円の本件売買損失が生ずることとなった訳である。
なお、原告においては、清水鋼機からの右売買代金二億三一五〇万一八五一円について、同社に依頼して、その請求金額を異形棒鋼分一億九八一七万五〇一二円と兵機海運株式会社の運輸費用分三三三二万六八三九円に分割してもらい、本件売買損失を本件異形棒鋼の売買損失とするのではなく運輸費用として本件事業年度の損金に計上するという、一種の仮装、隠ぺい工作とも見られるような形の経理処理を行っている(<書証番号略>)。
(2) 右のような事実関係からすれば、本件売買損失に係る三〇四九万五六三九円は、被告の主張するように、G製鋼と丸紅との間での本件異形棒鋼の売買に伴いG製鋼が負担すべきこととなる市場価格の下落によるリスクを、原告がG製鋼に代わって引き受けたことから生じたものであり、これが原告のG製鋼に対する経済的な利益の無償の供与として、法人税法三七条所定の寄付金に該当するもののように考えられないでもない。
しかしながら、そもそも法人税法三七条六項が寄付金として取り扱うものとしている経済的な利益の無償の供与は、その取引行為の時点でみて、自己の損失において専ら他の者の利益を供与するという性質を有するような行為のみをいうものと解すべきであり、その取引行為の時点においては自己の利益を生ずる可能性があるとみられていた行為が、その後結果として自己の不利益となり、専ら他の者に利益を供与することとなったにすぎない場合にも、これをもってなお右経済的な利益の無償の供与に当たるものとすることは相当でないものと考えられる。というのは、法人の行う取引行為にあっては、その行為が結果としては自己の不利益に帰するというリスクを伴うことは、ごく通常の事態とも考えられるからである。
ところで、前記矢向証人及び得納証人の各証言によれば、原告が清水鋼機から前記のとおり本件異形棒鋼の買受けを行った昭和六一年三月末の時点においては、右売買価額は当時の棒鋼の相場価格にほぼ相当する価額となっており、しかも、当時の棒鋼の相場価格の先行きの見通しとしては、更にその下落傾向が続くであろうとする見方がある一方で、そろそろ反発して上昇に向かうであろうとする見方もあったというのである。そうすると、確かに被告の主張するとおり、本件において、原告は、丸紅からの要求に応じて本件異形棒鋼の買受けを行う義務を負っているわけでもないのに、G製鋼のためにこの買受けを行ったという面は認められるにしても、その行為自体としては、客観的な市場価格に相当する価額で、将来は更にその価額が上昇に向かう可能性もある商品を買い入れるという、ごく通常の取引行為の性格を持つものであったとも考えられるところであり、これを前記のような意味での無償の利益供与に当たるとすることには疑問があるものといわなければならない。
更に、前記のとおり原告において本件異形棒鋼の売買代金の支出について一種の仮装隠ぺい工作とも見られるような経理処理を行っている点についても、前記冨重証人の証言によれば、原告会社内での損失の計上の方法として、鉄鋼部の取引による営業損失が発生したという形を出したくなかったことから、そのような形の経理処理が行われたに過ぎないというのであって、このような経理処理の方法をとったこと自体からして、すでに右買受けの時点において、原告が本件のような売買損失が生ずることを確定的に予測していたものとまですることにも、疑問があるように考えられる。
(3) また、先に認定した本件取引の経過に照らすと、本件異形棒鋼は丸紅から更にその販売店である清水鋼機に売り渡された形になっていたものの最終的な買手が見つからず売買代金が確定しない状態にあったから、経済的にみれば、本件異形棒鋼の買受けは、原告が清水鋼機からいわばG製鋼の在庫商品ともみられるような状況にあった本件異形棒鋼を買い受けたものであり、原告が本件異形棒鋼の相場の変動によるリスクを肩代わりするため、G製鋼から本件異形棒鋼を直接買い受けた場合と、実質的には同じ関係にあるとみることもできるものと考えられる。ところが、法人税法三七条七項の規定の文言からすれば、原告がG製鋼から本件異形棒鋼を直接買い受けた場合には、その対価が買受け当時の右棒鋼の時価に相応している限り、たとえ買受け後にその相場が下落して原告が売買損失を被りその反面でG製鋼が相場下落のリスクを回避して右売買損失に相当する額の利益を受けることを予期してその買受けが行われ、しかもその予期どおりの結果が実現した場合であっても、右の利益額に相当する金額を寄付金に算入することはできないことになるのである。
ところで、そもそも法人税法三七条は、寄付金にはその最も典型的な形態である金銭の無償の給付の他にも様々な形態があり得るところから、まず、同条六項において、民法上の贈与のように反対給付を伴わない対価性のない資産又は経済的な利益の譲渡又は供与を名義のいかんを問わず寄付金として扱う旨を明らかにし、更に、同条七項において、対価性のある資産又はその他の経済的な利益の譲渡又は供与についても、その対価とその譲渡又は供与の時における資産等の価額との間に差がある場合には、その差額のうち実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額が寄付金の額に含まれるものと定め、寄付金に該当する利益供与等の形態と損金に算入されない寄付金の範囲を明らかにしたものと解することができるのであり、同条六項の場合と七項の場合とで実質的にみて寄付金とされることとなる利益供与等の範囲に差異が生ずることは予定されていないものと考えられるのである。
そうすると、前記のとおりその売買価額がその当時の客観的な市場価格に相当する価額であったと認められる本件売買によってその後原告に生じた損失をもってなおG製鋼に対する法人税法三七条六項の経済的な利益の無償の供与に当たるとする被告の主張は、原告がG製鋼から直接本件異形棒鋼を買い受けた場合に比して著しくバランスを失することになるから、この点からしても疑問があるものといわなければならない。
(4) なお、この点について、被告は、本件異形棒鋼の買受けが原告が当時行っていた通常の営業活動とは全く関係なく行われた本来不必要な行為であることを理由に、これがG製鋼に対する経済的利益の無償の供与に当たるものであると主張する。しかし、ある取引行為が利益の無償供与に該当するか否かは、専ら前記のような観点からする当該行為のいかんによって判断されるべきものであり、その行為が当該法人が通常行っている営業活動として必要なものであるか否かの観点からなされるべきものではないと解されるから、この点に関する被告の右主張は採用できない。
結局、本件売買損失をもって寄付金に該当するものとすることには、なお疑問の余地があるものというべきである。
3 結論
以上のとおり、本件売上値引きに係る二億二二〇〇万円は法人税法三七条所定の寄付金に該当するものというべきであるが、本件売買損失に係る三〇四九万五六三九円については、これが右寄付金に該当するものとすることに疑問があり、結局、右売上値引きに係る二億二二〇〇万円に原告の申告に係る寄付金三万円に加算した二億二二〇三万円が原告の本件事業年度における寄付金総額となり、法人税法三七条の規定に従って算出した損金に算入されない寄付金の額は、二億一五一七万九三九二円となる(この計算方法自体については、当事者間に争いがない。)。
したがって、原告の本件事業年度の所得金額は、申告所得金額三億〇五二〇万四八七四円に右二億一五一七万九三九二円を加算した五億二〇三八万四二六六円、納付すべき法人税の税額は二億一〇一〇万円となり、これに対応する原告の過少申告加算税額は、四六五万八五〇〇円となるから、本件更正及び本件決定は、右の金額の限度では適法であるが、これを超える部分については違法として取り消すべきこととなる。
三 結語
よって、原告の本訴請求は、本件更正及び本件決定の内右二の3記載の各金額を超える部分の取消しを求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 小池裕 裁判官 近田正晴)